コラム

デル モナコの墓

亡くなって40年以上経ちますのにわが国ではデル モナコの名は今でも特に60歳以上のオールドファンにとりましてはイタリアオペラのスターテノールの代名詞です。
全盛期に来日したこともありその印象は強烈だったようです。

お年を召された方で宝塚劇場でのオテッロ、完成したばかりの東京文化会館でのアンドレア・シェニエ、パリアッチをご覧になられた幸せな方もいらっしゃるはずです。

デル モナコ扮するオテッロの第一声「エッスルターテ」は極東のオペラファンにとりましてまさにイタリアから来た黒船の号砲でした。
私はこれが忘れられないためドミンゴのオテッロを生涯認めようとなさらなかったオールドファンを存じ上げております。

芸に対する苦行僧のようなストイックな姿勢が高度成長期の日本人に受けたのか、私がオペラを聴きだした頃はイタリアオペラというと彼が主役を演じたレコードがスタンダードでした。
従いまして私もよくデル モナコのレコードを聴きました。
デル モナコ大全集などが発売されましたね。高くて当時の私には手が出ませんでしたがテノール歌手でしかも日本盤で全集が発売されたのは彼と藤原義江、タリアヴィーニくらいしか記憶にありません。それほど売れ行きが良かったということでしょう。

さてこの偉大なテノールの墓は意外にもロッシーニやテバルディの生地であるペーザロにあるのです。
ペーザロの音楽学校はロッシーニ音楽院といいます。デル モナコはここで学びましたからまるで縁の無い土地とはいえませんが墓がなぜここにあるかは不明です。

夏のロッシーニ音楽祭でペーザロに滞在した際に私はこのスターテノールに敬意を表すべく墓に詣でました。
既に墓参りされた熱心なファンの方のブログを参考にさせていただいて大体のあたりを付けてから現地に参りました。「ロレート教会の近く」というフレーズが鍵になりました。
地図を見ますと協会の南に墓地がありました。

地図であたりは付けましたがペーザロの街は狭いとはいえ道が入り組んでいて何度も迷いましたので駅を基点に歩くことにしました。地図では線路の反対側でした。

線路沿いに歩くと団地があり小さな城跡に通じる坂道には肉屋、八百屋、スーパーマーケット、地元の人達が屯するカフェがありリゾートではない日常のペーザロがそこにはありました。
地下道を通り線路の下をくぐると正面にロレート教会がありそこを右に曲がるとサッカー場の隣に墓地の門がありました。

門前の花屋で花を買いシニョーラに「デル モナコ?」と言うと「イエス」ときれいな英語で「門を入ってまっすぐ行くと教会があってそのすぐ左よ。すぐ分かるわよ」と教えてくれました。多分いろんな方から同じことを聞かれるのでしょう。

音楽祭の時期は世界中のオペラファンがこの小さな街に集まりますので私と同じ思い付きをされる方もいらっしゃるらしく訪れてみると先客の花が3つばかり供えてありました。

現代イタリアのお墓は写真を石に印刷して墓石に嵌め込んでありますからすぐ分かります。
墓石中央にデル モナコ、右下に奥さんとのツーショット写真が嵌め込まれていました。
墓石はちょっと変わっていてなんとも言い表しようのないオブジェでした。
同じようなものが息子のジャンカルロ モナコ演出のオテッロの舞台で見たのを思い出しました。

確かペテルブルクのマリンスキー劇場の日本公演で舞台の上にこれと似た形のオブジェが置いてあり合唱団や歌手が動きにくそうだなと感じました。
この墓石のデザインもジャンカルロなのかなと考えたことでした。

西洋の墓では合掌したものかいつも迷いますが結局手を合わせてお参りしました。

パリアッチの日本公演の映像が残っていて今でもよく売れているようですがある方が「これは歌舞伎だ」とおっしゃいました。
ご存知の通り歌舞伎は型の芸術です。
デル モナコはパリアッチでもオテッロでもひとつの一代限りの型を創造しました。

例えばカニオのアリア、‘衣裳をつけろ‘の泣きとか鏡を見て戦慄する所作です。
どなたかが彼の歌を團十郎的と評していましたね。
今、冷静にこのテノールの録音を聴くと結構粗くて不器用で巧いとは言えませんが何故か心を捉えて離さないものがあります。
常に命懸け。ギリギリで勝負して歌っているとでも申しましょうか一度聴いたら忘れられません。

墓に詣でたからでしょうか、デル モナコがプレゼントをくれました。
ペーザロの古本屋で彼の姪が書いた英語の回想録を見つけたのです。この本の存在は知りませんでした。

早速ご利益がありましたので再びペーザロに行く機会がありましたらまた英語の巧いシニョーラの店で花を買い供えてこようと思いました。

 

 

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