コラム

ジョヴィネッツア

※ローマ のヴィラ トルロニア ムッソリーニの家でした。

イタリア語にご堪能な方でいらっしゃいますとGiovinezza(ジオヴィネッツア)の意味はすぐお分かりでしょう。
「青年」であります。

この単語からある歌を連想される方はイタリア現代史の専門家であるか年季の入った軍事オタクではないでしょうか。この歌はムッソリーニ率いるイタリアファシスト党の党歌でした。
調子は良いのですがいささか軽薄なマーチです。


※ローマ のヴィラ トルロニア ムッソリーニの家でした。

ムッソリーニがクーデターに等しいローマ進軍で政権を掌握した1922年から失脚した1943年の20年間、イタリアオペラ界はジーリ、ヴォルピ、スティニャーニ、パセロ,カニーリア、パリューギ、スキーパ、ダル モンテなど名歌手たちの全盛期でした。
戦後の黄金期の我々にも馴染み深いスターたちはまだ子供か学生の時代です。

当時ムッソリーニはローマ帝国の再来を標榜しておりましたのでとにかく威圧的で壮大な建造物がいくつも造られました。
例えばミラノの中央駅は無駄に大きいばかりで不便ですがあれはムッソリーニの遺産です。

またムッソリーニはイタリア国内の劇場は国王と自分の肖像写真を掲げることと記念日やプレミエの日には上演に先立ち前述の党歌、ジョヴィネッツアを演奏することを義務付けました。

この命令に頑として従わない硬骨漢が居りました。
スカラ座のシェフに三度就任したトスカニーニであります。
ムッソリーニとしてはイタリア最高の劇場が命令に従わないのは何とも悔しく忸怩たる思いだったでしょう。

トスカニーニとムッソリーニの緊張関係が続く中、1924年にトスカニーニの盟友プッチーニがその生涯を閉じました。
未完の大作オペラ、トゥーランドットが遺されたスケッチを参考にしてアルファーノが完成させて1926年スカラ座で初演されました。指揮はもちろんトスカニーニです。

4月25日のプレミエの日だけはプッチーニが作曲したリューの死の場面まで指揮をしたトスカニーニが指揮棒を置き「プッチーニはここまで作曲して亡くなりました」と言い公演を終わらせたのは有名な話です。
実はこの公演前に一悶着ありました。

スカラ座の理事たちはこの初演時にミラノに滞在予定のムッソリーニを招待することを思いつきました。
何とか独裁者の機嫌を取り結ぼうと考えたことでしたが打診してみると「反逆者トスカニーニを追い出さない限り劇場には行かん!」というにべもない返事でした。
独裁者の一声で劇場など閉鎖されるご時世でしたから理事たちは焦りました。
それでトスカニーニを説得することにしました。

理事たちの何とか党歌を演奏してほしいという懇願にトスカニーニはオーケストラ団員を震え上がらせたあのしわがれ声で「絶対に駄目だ!どうしてもというのなら他の奴に振らせるんだな!」と怒鳴り返しました。

トスカニーニとしてはくだらないことで盟友プッチーニとの思い出を汚したくなかったのでしょう。
これで招待の件は立ち消えとなりスカラ座も閉鎖されませんでしたがトスカニーニは1929年にはスカラ座を去り2年後の1931年にはイタリアからも去ることになりました。

思いますにトスカニーニもピットの中では独裁者でしたから似た者同士でありました。
意外なことに1919年にはトスカニーニとムッソリーニは政治上の同士でした。
ファシスト党から揃って国会議員に立候補して仲良く落選しております。

いつ仲違いしたのかは分かりませんが多分ムッソリーニが政権を取り専横が目立つようになってからでしょう。

ヒトラーはドイツではタブー視されておりますがイタリアではムッソリーニはそうではないようです。ローマの蚤の市ではムッソリーニの陶器の人形が売られておりました。
また故郷の村には巡礼の如く墓参りする人が絶えないようです。

さてこの歌、ジョヴィネッツアですが当時のオペラ歌手が録音しているものが少なくとも3種あるのを知っています。

テノールのジーリ、マルティネッリ、バリトンのグランフォルテです。
ジーリのは1937年の録音。トスカニーニはアメリカで活躍している頃。ムッソリーニはベルリンにヒトラーを訪問した年です。
多分この歌はイタリア全土で狂ったように歌われたのでしょう。
ジーリも国策で録音したのかもしれません。

トスカニーニは断りましたがほとんどの演奏家はジーリのように歌い、演奏したのでしょう。何故なら仕事を失いたくないからです。

 

 

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