コラム

初めて観たドン・ジョヴァンニ

皆さんはモーツァルトのダ・ポンテ三部作で初めてご覧になったのはどの演目でいつ頃でしたでしょうか?

昭和の時代のクラシックファンはレコードから入るのが普通ですから意外と実演に縁の無かった方が多くいらっしゃいます。
多分聴き知ってはいてもオペラをフルでご覧になる機会は少なかったりするものです。東京には今でこそ専門のオペラハウスがありますが昭和世代の若い頃はありませんでしたし首都圏でも上演はそう多くはありませんでした。
二期会や藤原をはじめオペラ団体は複数ございましたが行きたいと思う公演はそう多くはございませんでした。
ただ観ておかなくてはという義務感のようなものからオペラを観ていたような気がいたします。

幸い川崎に住み学校は東京でしたので暇さえあれば学校帰りに音楽会に通ってオペラに限らずあらゆる分野のモノを聴いておりました。
オペラはたまに行くくらいでしたでしょうか。初心者はヴェルディやプッチーニのポピュラーな作品から入るのが普通で私も椿姫やトスカから入りました。
正直申しましてモーツァルトのオペラはあまり興味が湧きませんでした。
どうしても聴いておかなくてはという義務感だけでは後回しになります。
また高校生がそう潤沢に小遣いがあるわけもなく優先順位はどうしても下位にならざるを得ませんでした。

私がドン・ジョヴァンニの本格公演に接したのは1977年の正月6日、高校2年の時でした。現在は存在しない国、東ドイツ時代のベルリン国立歌劇場、リンデンオーパーの引越し公演で演目はダ・ポンテ三部作でした。
その一環でのドン・ジョヴァンニだったのですが、時間が戻せるのであればコシファントゥッテを聴いてみたいです。

これも作品自体に興味があった訳ではなく来日したテオ・アダムやペーター・シュライヤーなどのドイツの名歌手達を聴きたかったのです。
会場はNHKホール。お年玉をかき集めて買った当日券が1万5千円でした。
大金でした。付き合ってくれるガールフレンドなど思いもよらずもちろん一人でした。

老人になりますと最近のことは忘れますが古いことは鮮明に憶えて居るもので、平土間の上手寄りの最前列でした。指揮はN響でお馴染みのスィトナーでした。
君が代と東ドイツ国歌の演奏がありましたが私と同列で右に3席位離れていた男性が起立しなかったといったどうでもいいことまで覚えています。

キャストも記憶しています。
タイトルロールがテオ アダム、騎士長が日本人の斎求、ドン・オッタ―ヴィオがペーター シュライヤー、ドンナ・アンナがアンネ トモワ シントウ、ドンナ・エルヴィーラがケイ グリフェル、レポレッロがジークフリート フォーゲル、ツェルリーナがレナーテ ホフ、マゼットがペーター オレッシュでした。我ながらよく憶えているものです。
ただ公演の内容は困ったことにあまり記憶にありません。舞台や衣裳が質素だったことや期待していたアダムやシュライヤーの歌があまり印象に残らなかったことくらいでしょうか。

メジャーになる前のトモワ シントウも出演していましたがむしろ女声歌手ではツェルリーナのホフが演技が巧くてちょっと憶えています。

男声ではレポレッロの大男、フォーゲルが良かったです。インパクトが強かったのか後に彼の来日リサイタルにも行きました。嬉しいことにフォーゲルはまだ存命のようです。

それとこの公演には日本人のバス、斎求が騎士長で出演していました。ベルリン国立歌劇場で初めて契約が出来た日本人歌手でした。
惜しいことに体格が小さくて1幕の登場な場面はちょっと残念でした。
ただ海外の一流歌劇場で活躍している邦人歌手を初めて観ましたので誇らしかったのを思い出します。

元より字幕のような気の利いたものは当時はございませんでした。
白状いたしますと今でこそレチタティーヴォがないとモーツァルトのオペラじゃないなどと広言しておりますがその頃は聴くのが苦痛でした。
「早く歌になれ!」と念じながら聴いておりました。
ドン・ジョヴァンニは長くて修行のような3時間半でした。
昭和生まれの私と同世代の方は字幕なしでオペラをご覧になって大なり小なり同じような体験をなさっているのではないでしょうか?
馴染みの序曲やアリア、重唱は分かるものの全てが理解できているわけではなくなんとなく分かったような気になる。そしてちょっと落ち込む。
そんな曖昧な心持です。
この日も大金を投じた訳ですが果たして自分が満足したのかは微妙でしたがとにかく本場のオペラを観ることが出来たのだからと自分を納得させて家路につきました。
さて還暦を過ぎて振り返りますと50年前の公演が良かったのかどうかはもう判断できません。ただこの公演に出演していた歌手たちがほとんど亡くなっておりますから彼らの舞台姿を観ることが出来たというのは何にも代えがたい私の心の財産です。
いくらお金を積んでもテオ アダムのドン・ジョヴァンニを観ることはもう不可能だからです。
以上爺さんの思い出話でした。

 

 

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