コラム

『コシ・ファン・トゥッテ』…作者はみんなこうしたもの No.3

さて、今回は男性陣の名前を見ていきましょう。

Ferrando(フェッランド)

この名前は “ferro” から来ています。これは「鉄」という意味です。”ferrare” という動詞もありますが(「鉄具をつける」の意)、この変化形とも取れます。
フェランド(Ferrando)姓の起源は、ラテン語で鉄を意味する “ferrum “で、この名は鍛冶屋という職業に関係しています。中世では家族の仕事内容に由来する名字が一般的でしたからね。
“Ferro” を人への形容に使う例に “Un uomo di ferro” があります。直訳すれば「鉄の男」ですが、意味は「じょうぶな人」「(精神力の)強い人」の意味です。


※フェランド 濱田翔

Guglielmo(グリエルモ)

これは少々、難しい。イタリア語で考えれば、”Guglie”+”elmo” と分けられます。 ”Guglie” は“guglia” という名詞の複数形で、意味は「尖塔、(塔の)尖頭」、また「(山の)頂上、尖頭」です。”elmo” は「かぶと」「ヘルメット」ですね。
ただ、この名前はゲルマン由来です。ドイツ語圏なら Wilhelm(ヴィルヘルム)です。英語名ならウィリアム、オランダ語名ならヴィレム、フランス語名はギョームです。
“Will, wille, willa” は「意志」を表し、”helm” は「かぶと」です。これで「意志のかぶと」となり「かぶと」は頭を守るものなので「守護」の意味を持ちます。結果、”Wilhelm” は「意志によって守られる」「意志の強い守護者」の意となります。ちなみに ”helm” は北欧神話では「王冠」「王」「神」の意味にも使われていたようです。


※グリエルモ 吉永研二

Alfonso(アルフォンソ)

この名前も、ゲルマン由来です。西ゴート族がスペインに持ち込んだ名前だそうです。 ”Al” + ”fonso” と分けられそうですね。”fonso” は元々は “funza” という言葉から来ていて「早い、敏捷な」「勇敢な、有能な」との意。それに “al” もしくは “athala” が付いた訳ですが、”al” は「多くの、たくさんの」の意味で、”athala” は「貴族の」「高貴な、気品のある、威厳のある」の意を持ちます。ですので “Alfonso” は「とても素早い人」「非常に有能な人」とか、「貴族にして勇者」「気品があり有能な者」とか、そんな意味でしょうか。


※アルフォンソ 高田智士

フェッランドは、恋人のドラベッラがグリエルモに靡いたと知った後も、グリエルモのようにキレたりしていません。ある種、打たれ強いと言えるかもしれません。また鍛冶屋に関係していると聞くと、「アフロディーテ(ヴィーナス)の夫は鍛治の神へーパイストスだよなぁ。アフロディーテが軍神アレースと浮気しても、彼女をなじることなく耐えるんだよなぁ」と想像してしまいます(笑)。

グリエルモは、“guglia” ではありませんが、恋人のフィオルティリージが裏切ったと知るとキレて、尖った反応をします(笑)。また ”helm”(かぶと)は戦士の持ち物ですし、北欧では「神」も意味も持ちますから、軍神アレースを想起させます。…当てつけですかね?(笑)
アルフォンソは、このオペラの中で唯一、結末を見通した男ですし、老哲学者…上流市民です。アルフォンソの名前の意味とリンクしています。さらに言うと、フェッラーラの支配していたエステ家にアルフォンソ1世、アルフォンソ2世がいます。フェッラーラの女たちを「支配」していた訳です…実際はどうだったかは、別として(笑)。

私の個人的な経験で言うと、実は『コシ・ファン・トゥッテ』の女性陣の名前を持つ人にイタリアであったことはありません。ちょっと微妙な名前ですし(笑)。しかし、男性陣の名前をもつ人は実在します。このオペラの幕開けの No.2 の三重唱で、アルフォンソが

E’ la fede delle femmine  女性の貞節は
come l’alaba feloce;  アラブの不死鳥のようなもの
che vi sia ciascun lo dice,  みんながそれ(不死鳥)を口にするが
dove sia nessun lo sa.  どこにいるのか、誰も知らない。

と歌いますが、女性陣の名前は、ありそうな名前で実際は居ない…って気持ちになりまね。
フェランドと言う名はヨーロッパ全土にあり、特にスペインとイタリアではこの名を持つ人が多いです。スペインでは主にバレンシア州とカタルーニャ州で見られ、イタリアではピエモンテ州とサルデーニャ島で見られます。グリエルモはドイツ語圏ならヴィルヘルム、英語圏ならウィリアムとヨーロッパ中で見られます。あ、『ウィリアム・テル』はスイスの話ですけど、英語読みです!
アルフォンソはゲルマン由来で、スペインに持ち込まれた話は書きましたし、フェッラーラ公に実在もしています。

こうしてみると、男にとって「理想の貞節を持った女は、実在しない」ってことでしょうか?少なくとも、「理想の男」は、実在しない!と申し上げておきます。(爆)


岡野 守 プロフィール

バス・バリトン。イタリア・モデナ在住。
早瀬一洋、Arrigo Pola、Carmela Stara、Luciano Berengo、Giuliana Panza に師事。

ペルゴレージ作曲『奥様女中』(Uberto)、モーツァルト作曲『ドン・ジョヴァンニ』(Leporello)、『コシ・ファン・トゥッテ』(Don Alfonso)、ロッシーニ作曲『セヴィリアの理髪師』(Don Bartolo)、ドニゼッティ作曲『愛の妙薬』(Dulcamara)、ヴェルディ作曲『運命の力』(Fra Melitone)、ビゼー作曲『カルメン』(Dancairo)、プッチーニ作曲『トスカ』(Il Sagrestano)、『ジャンニ・スキッキ』(Gianni Schicchi)、『トゥーランドット』(Ping)等を歌っている。藤原歌劇団団員。

オペラを中心に声楽家として活動していたが、師匠たちから「お前は、私の知らないことばかり知っている!」「Musicologo(音楽学研究家)もやれ!」と言われ、良い気になって、雑学的音楽コラムを書き始める。

 

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