コラム

忙中閑あり 読んだ本のことなど 3冊目

アメリカの作家ジェイムズ・M・ケインの作品「ハ長調のキャリア」です。
ジェイムズ・M・ケイン(Ⅰ892-1977)は犯罪小説で有名な作家で「郵便配達は二度ベルを鳴らす」の作者であります。

メリーランド州のアナポリス生まれで父はカレッジの校長、母はオペラ歌手でした。
少年時代はオペラ歌手になりたかったのだそうですが虚弱体質で母に止められたようです。
ある意味でこの小説は彼個人の夢物語なのかもしれません。
話の筋を追っていきましょう。

ブラックマンデー後の不況下のアメリカが舞台です。
主人公のレナードは土建屋を経営しています。ニューヨークに事務所を構えていますが忙しくはありません。暇を持て余しています。
ただ仕事が入ると大きく稼げるので何とかなっています。

妻のドリスは美人ですが性格は悪いです。オペラ歌手になりたかったけれど結婚で諦めた過去がありますがまだ未練がありレッスンをして自主的にリサイタルを開いたりしていますが残念ながら才能はないようです。
事あるごとにレナードに「あなたのせいで」と言って当たります。
レナードはこんな女房に惚れていて無理難題を言われても何とか凌いでいます。

リサイタル当日の朝、「来てくれるように頼んできて!」と言われ黙って評論家の家に行き案の定罵声を浴びます。
その時偶然居合わせたセシルというプロのオペラ歌手と知り合い彼女と不倫となるのですが声の良さと才能を指摘されレッスンを受け始めます。
もちろん妻には内緒です。
セシルのおかげで地方都市で偽名でデビューして一時好評を得たりもします。
しかし結局はフルオペラ(リゴレット)に出演するも失敗、セシルとの不倫も終わり元の土建屋の日常に戻るというものです。
ちょっとほろ苦い大人の童話です。

不況下のアメリカとはいえレナードとドリスの夫妻はニューヨークの社交界に出入りできる上流階級です。経済的には裕福です。
女房が好き勝手してもあまり困りません。そして妻は夫の仕事や行動に無関心です。
だからこそこのような冒険が可能だったのでしょう。
出張と言えば1カ月程家に帰らなくても驚かれません。これが幸せかと言えば部妙な話ですが。

日本でもアマチュアでオペラを歌い楽しむ方がいらっしゃいます。ちゃんと然るべき先生に声楽を習い勉強していらっしゃいます。とても良いことだと思います。
そしてたまにびっくりするほど良い声の方にお目にかかることがあります。
ただこの主人公が挫折したようにいくら頑張ってもプロとアマチュアでは技術面の限らず歴然とした差があるものです。
落語の「寝床」のような旦那芸なら笑って済ませることもできますが、そうでないのなら果たして自分の歌が金をとれるものかどうか冷静に考える必要がありそうです。

レナードはオペラ歌手の夢もひと夏の不倫とともに消えまた女房の我儘に付き合う日常に戻りました。ほろ苦い思い出、これも人生というものでしょう。

ハ長調のキャリア  ジェイムズ・M・ケイン(田村義進 訳) 文遊社

 

 

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