コラム

忙中閑あり 読んだ本のことなど 1冊目

4月にドン・ジョヴァンニの公演を終えてここしばらく平穏な日々が続いています。
本来の古本屋のおやじに戻り晴耕雨読ならぬ晴商雨読の毎日であります。

今後のオペラバフの上演予定といたしましては新たにチェンバーシリーズを立ち上げその1回目としてブラームスの「愛の歌」を始めとするドイツリートと重唱の音楽会を企画しております。
オペラは来年の5月にヴェルディの「シモン・ボッカネグラ」を上演予定です。
詳細は改めて発表致しますのでどうぞ御贔屓の程よろしくお願いします。

さて忘れて欲しくないのですがオペラバフの本業は古本屋であります。
職業柄お客様にいろいろ選書のことでご相談されることも多々ございますので常に本は読むようにしております。
お客様と接することで思うことは読書の趣味嗜好は各人千差万別で同じものはないことです。日本という国は読書人にとりましては天国のような国で、ありとあらゆる分野の本が豊富に揃いしかも母国語で読める国です。

ある説では英語と日本語をマスターしていれば世界中の90%の本は読むことが可能であると言われています。
巷間本離れが騒がれていますが日本は未だに読書大国であります。
特に若い人たちがこれを利用しないことを非常に残念なことだと痛感しております。

老人の繰り言はこれくらいにして最近読んだ本でオペラ関連の本で気になった本を挙げてみましょう。

全世界の傾向なのか私が知らないだけなのかオペラや声楽を扱っている小説、ミステリーはそう多くはございません。
特にわが国ではオペラそのものがあまり普及していないせいもあるのかほとんど見当たりません。ありましても正直申し上げてそう優れたのものは私の知る限りはございません。その中で最近読んだ本があり、ちょっと考えさせられる内容でしたので挙げてみます。

1冊目  浅草蜃気楼オペラ  乾緑郎  宝島社

皆様は浅草オペラをご存じでしょうか?
今でも浅草は観光客で賑わう名所ですが戦前は我々が想像できない位の一大歓楽地でした。遊園地、料理屋、カフェ、芝居小屋、寄席、軽劇、私娼窟など何でもありの悪所だったようです。
その中で大正時代にオペラを上演していた劇場がありました。スター歌手も居て当時は物凄い人気があったようです。

スター歌手のお一人だった田谷力三さんは昭和の終わり頃までご健在でよくテレビに出演されていました。藤原歌劇団の創設者、藤原義江氏も戸山栄次郎という名前で出演していた時期がございました。

オペラは気軽な大衆のものという概念が育ちつつありましたが、大正11年の関東大震災で金龍館などの常打ち劇場が倒壊してその後復活することはありませんでした。
正直に申し上げて質的には現代の我々が思い描くオペラとは比較にならないお粗末なものだったようです。「オペラのようなもの」だったのでしょう。
断片的に当時の録音が遺っていますが最後まで聴き通すには忍耐が必要です。

ただその人気、聴衆の熱狂は「ペラゴロ」という言葉が生まれるような凄まじいものだったようです。制作にとりましては羨ましい限りですが常に小屋は満席で押すな押すなの大騒ぎだったようです。
要は音楽を聴くのではなく可愛い娘やイケメンを観に行くというのが客の目的だったようです。アイドルの押し活みたいなものでしょうか。

この小説は乾緑郎という方が著者で筋は甲府の女学校を出たお金持ちのお嬢さんが帝劇の研修生となり親に勘当されながらも苦心しながらも浅草オペラのプリマになっていくという青春物語であります。
お話の筋は大したことは無いのですが当時の実在の人物が実名で登場いたしますので大正時代の世相と併せて浅草オペラの良き入門書となっています。
大正時代に興味のある方にお薦めします。

浅草オペラは短命に終わりましたがこの現象から分かるのはオペラの客はミーハーだということです。確かに現代の歌手たちは過酷な訓練を経てプロになりますが聴衆は歌手が美人、ハンサムでその歌が面白くなくては見向きもしないのです。オペラはけしてお上品でアカデミックなだけのものではないのです。そのような側面があることは認めましても聴衆が喜ぶものがどういったものなのか制作する側は謙虚に考える必要があるでしょう。

仮に関東大震災がなければ日本のオペラ界は全く様相が異なっていたのかもしれませんね。

(2冊目に続く)

 

 

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