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オペラバフのドン・ジョヴァンニは #2

オペラバフのドン・ジョヴァンニで4月11日のタイトルロールを歌う岡野守さんが寄稿してくれました。
演者としてリブレットを深く読み込む技術は彼ならではです。
どうぞお楽しみください。
オペラバフ  制作


書かない作家?!ロレンツォ・ダ・ポンテ…No.2

さて、前回の宿題(?!)はいかがだったでしょう(笑)。では私の感じた違和感をお話しします。

まず、たぶんドンナ・アンナは夜着のまま、屋外に出て行った点です。
ドン・ジョヴァンニがドンナ・アンナの自室…多分、寝室でしょう…に入り込んだのは、夜も遅い時間です。と言うことは、通常、着替えて夜着になっていたはずです。夜会などがあった可能性はあります。そうであればドレスだったかもしれません。けれど自室で一人っきりになる前に、侍女たちが服を着替えさせているものです(貴族の着替えは侍女たちが手伝うのが普通。お風呂だって侍女付き!)。遅い時間に外から帰って来て、侍女が服も着替えさせず、貴族の娘を部屋に一人っきりにさせておくのは、変です。また、基本、電気のなかった時代は、陽が登れば活動し、陽が沈めば休んでいました。蝋燭なりオイルランプなりは火事の元ですし、特に蝋燭は長くは持ちません。そしてお金がかかります。

とするとドンナ・アンナは夜着のまま、家の外…道まで飛び出したことになります。

Fugge il fellon. Arditamente il seguo
悪党は逃げました。大胆にも私は彼を追い
Fin nella strada per fermarlo, e sono
捕まえるために道まで行きました

通常の感覚では、アウトです。それも貴族の娘!そして結婚前ですから!夜着のまま男の腕に縋りついて金切り声をあげている…そんな姿を人目に晒すのは、スキャンダルです。

次の疑問点は、ドンナ・アンナは夜遅くに自室に侵入してきた不審者を追いかけて、”捕まえて”いる点です。1幕冒頭でもト書きに

DONN’ANNA (entra tenendo forte pel braccio Don Giovanni, ed egli cercando sempre di celarsi)
ドンナ・アンナ(ドン・ジョヴァンニの腕を強く掴んだまま登場、彼は常に顔を隠そうとしている)

と書かれています。女性の皆さん、もし夜遅くに自宅の寝室に不審者が侵入し、急に抱きしめられたら、どうです?まず、命の危険を感じませんか?それなのに一人で追いかけますか?相手がよく見えなかったとしても、武器・凶器を持っている可能性があるわけです。相手は貴族の屋敷に忍び込んでくる輩です。実際、ドン・ジョヴァンニは剣を持っていて、父親の騎士長はそれによって命を奪われる訳ですね。
もちろん、「テメェ、返り討ちにしたるっ!」って思って実行に移す女性がいないとは言いませんが…(苦笑)。

でも、ドンナ・アンナは、ドン・ジョヴァンニが自分に手をかけるとは思っていない様です。自分たちはそういう関係ではないから…ですか?(苦笑)

次の点は、彼女がドン・ジョヴァンニを捕まえたのは、誰の手助けもない状態で…だった点です。ドンナ・アンナの父親は騎士長です。今で言えば、警察トップか公安幹部、もしくは自衛隊の連隊長?ってところ(笑)。自分で不審者を追いかけるより、父親に任せた方が良くありません?また、この時代の貴族なら、館には従者やメイドがいて当然。この手の仕事をする場合、屋敷に住んでいますから、叫べば飛んでくるのが普通。メイドたちは聞こえない場所に居たとしても、呼び鈴を鳴らせば、駆けつけるはずです。(同じダ・ポンテが台本を書いた『フィガロの結婚』の第1幕第2番のデュエットでも「奥様が夜にベルを鳴らせば…君は(スザンナは)すぐ駆けつけられる」って歌詞がありますね?)
本当に助けを呼んでいたのか?疑問を感じてしまいます。

また前のコラムにも書きましたが、ドンナ・アンナは、なんとしてもドン・ジョヴァンニの素性を知りたがっている節があります。ドンナ・アンナは叫んだ…とは言っていますが、誰かが駆けつけることより、ドン・ジョヴァンニを捕まえること(名前を聞き出すこと)を優先しています。実際には、父親が駆けつけた後にその場を離れ、助けを呼びに行っています。また彼女の証言は、

(Assalitrice d’assalita!) Il padre
V’accorre, vuol conoscerlo; e l’indegno,
(~略~)父は
駆けつけ、悪党が何者かを知ろうとし

と父親はと侵入者(ドン・ジョヴァンニ)の素性を確かめようとしに来た…ような言いようです(笑)。でも多分、相手が誰なのか?知りたかったのはドンナ・アンナ。実際の騎士長(Il Commendatore)とドン・ジョヴァンニの会話は、

Il Commendatore :
Lasciala, indegno!
娘を放せ、不埒な(者)。

(Doon’Anna, sentendo il Commendatore, lascia Don Giovanni ed entra in casa)
[ ドンナ・アンナ、騎士長(の声)を聞いて、ドン・ジョヴァンニを放し、家に入る ]

Battiti meco.
私と戦え。
Don Giovanni :
Va’ : non mi degno
Di pugnar teco.
行け(失せろ):わざわざお前と
戦ってやる気はない。
Il Commendatore :
Così pretendi
Da me fuggir?
そうやって私から逃げたいと
切望しているわけか?
Don Giovanni :
Misero! Attendi,
Se vuoi morir.
哀れな!待っていろ(履行しろ→戦え)
もし死にたいのならな。

途中、レポレッロの台詞を抜いてありますが、決闘が始まる前(騎士長が倒される前)までの会話はこんな感じです。騎士長は一言も「貴様は誰だ?」「名を名乗れ!」みたいな相手を知ろうとする言葉は言っていません(笑)。だいたいドンナ・アンナは、父親とドン・ジョヴァンニの会話は聞かず、家に入っています。

ドンナ・アンナ、いろいろと盛っていませんか?(笑)。

もちろん、ドンナ・アンナとドン・ジョヴァンニの間に何があったか?は、台本作家のダ・ポンテは書いていません。男女の関係があったのか?無かったかのか?は、この作品を読む人の想像に任されるのみ、です。
そして、この作品では、すべての主要な人物について思わせぶりな台詞・ト書きがあるのみで、全ては”書かれていない”のです。次回からは、ドンナ・エルヴィーラ、ドン・オッターヴィオら貴族、またレポレッロ、マゼット、ゼルリーナ(ツェルリーナ)たち平民を含め、彼らの言動からビミョウなラインを更に拾って参りましょう!(笑)


岡野 守 プロフィール

バス・バリトン。イタリア・モデナ在住。
早瀬一洋、Arrigo Pola、Carmela Stara、Luciano Berengo、Giuliana Panza に師事。

ペルゴレージ作曲『奥様女中』(Uberto)、モーツァルト作曲『ドン・ジョヴァンニ』(Leporello)、『コシ・ファン・トゥッテ』(Don Alfonso)、ロッシーニ作曲『セヴィリアの理髪師』(Don Bartolo)、ドニゼッティ作曲『愛の妙薬』(Dulcamara)、ヴェルディ作曲『運命の力』(Fra Melitone)、ビゼー作曲『カルメン』(Dancairo)、プッチーニ作曲『トスカ』(Il Sagrestano)、『ジャンニ・スキッキ』(Gianni Schicchi)、『トゥーランドット』(Ping)等を歌っている。藤原歌劇団団員。

オペラを中心に声楽家として活動していたが、師匠たちから「お前は、私の知らないことばかり知っている!」「Musicologo(音楽学研究家)もやれ!」と言われ、良い気になって、雑学的音楽コラムを書き始める。

 

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