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オペラバフのドン・ジョヴァンニは #3

オペラバフのドン・ジョヴァンニで4月11日のタイトルロールを歌う岡野守さんが寄稿してくれました。
演者としてリブレットを深く読み込む技術は彼ならではです。
どうぞお楽しみください。
オペラバフ  制作


書かない作家?!ロレンツォ・ダ・ポンテ…No.3

前回まではドンナ・アンナを中心に書いてまいりましたが、まず全体を見渡してみましょう。楽譜(台本)を開きますと、最初に表題とともに書かれるのが、登場人物や舞台設定です。この作品の人物たちは

Don Giovanni, giovane cavaliere estremamente licenzoso:
ドン・ジョヴァンニ、非常に放蕩な若い騎士

Donn’Anna, dama promessa sposa di Don Ottavio
ドンナ・アンナ、貴婦人でドン・オッターヴィオの許嫁

Il Commendatore, il padre di Donn’Anna
騎士長、ドンナ・アンナの父

Donn’Elvira, dama di Burgos abbandonata da Don Giovanni
ドンナ・エルヴィーラ、ドン・ジョヴァンニに捨てられたブルゴスの貴婦人

Leporello, servo di Don Giovanni
レポレッロ、ドン・ジョヴァンニの使用人

Masetto, contadino, amante di Zerlina, contadina
マゼット、農民、ゼルリーナ(ツェルリーナ)…農民…のアマンテ

と書かれています。
最後のマゼットの欄は、わざと訳しませんでした(笑)。

Amante アマンテは通常、名詞としては
① 愛人、情夫、情婦
② 《古・文》恋人

と訳します。ですから、「マゼットはゼルリーナ(ツェルリーナ)の恋人」みたいに訳すのが通常でしょう。しかし、イタリアの台本の研究本に、こんな記述を見つけました。

《amante》in senso letterale = che ama
《アマンテ》文字通りの意味=愛している

すなわち、amante は amare(愛する)と言う動詞の現在分詞形なので、形容詞としては「愛好する、好む」となります。例えば「Io sono amante della musica」なら「私は音楽が好きです(私は音楽を愛好する者です)」となります。と言うことは、この示唆を元にマゼットの部分を(補足して)訳すと

Masetto, contadino, amante di Zerlina, contadina
マゼットは農民で、同じく農民のゼルリーナ(ツェルリーナ)を愛する人

です。で、ゼルリーナ(ツェルリーナ)は?と言うと、「農民」とは書いてありますが、マゼットを愛している…とは書かれていません(笑)。ちなみに、ドン・ジョヴァンニに誘惑されるシーンでゼルリーナ(ツェルリーナ)は

Ma, signor, io gli diedi
でも、貴族さま、私は彼に
Parola di sposarlo.
(彼と)結婚すると約束したんです。

と言っています。あくまでも diedi parola(dare la parola)「言葉を与える→約束する」であって、マゼットのことが好きとか愛している…とは答えていないわけです。もちろん、嫌いとも言っていませんから、愛しているのかもしれませんね、ドン・ジョヴァンニには誘惑されちゃうけど(笑)。

結局、ダ・ポンテはこのあたりを書きません。マゼットへの思いはそれほどでも無かったから、誘惑されたのか?マゼットは好きだったけど、ドン・ジョヴァンニはそれ以上に魅力的だったのか?そんなことは関係なく、貴族への成り上がりへの野望があったのか?…などなど、いろんな想像が可能です。

もちろん、その他の場面との整合性などを考えながら、私たちは人物像を構築していくわけですが、ダ・ポンテのような天才の台本は、実に刺激的な言葉に溢れています!

ちなみに、ゼルリーナとツェルリーナと二つ表記をいたしましたが、これ、イタリア人にとっては、どちらも同じことのようです(笑)。Zerlina の ”Z” は南部方面では濁らず「ツェルリーナ」と発音しますが、北部地域では濁って「ゼルリーナ」と発音される場合が多いです。私の経験では、ローマでは「ツェルリーナ」でしたし、ミラノでは「ゼルリーナ」でしたね。

日本では茨城県は「イバラギ」なのか「イバラキ」なのかで、問題になりますが(笑)イタリア人はこのあたりは問題にならないようです。感じとしては「ニホン」と「ニッポン」みたいな。
イタリアでは同じ舞台の上で、ツェルリーナとゼルリーナとの二つの呼び名が飛び交うことも、珍しい事ではありません。まぁミラノで歌っている時、zucchero(砂糖)を「ツッケロ」と発音して「君、なんで南部訛りなの?」的な顔をして、「ズッケロ」と直されたことはあります。これも “Z” を清音とするか?濁音とするか?が南部と北部で違います。注意する、しないも人それぞれですね。

話は脇道に逸れてしまいましたが、一つの単語を訳すにあたり、前に覚えた訳に固執するのではなく、初心にかえって探しなおすのは、新たな発見に繋がります。今回の話も「アマンテは恋人と訳すべきでなはい!」と言いたいわけではありません。音楽だけでなく、言葉にもいろんな可能性があり、そこを広げて考えていくとオペラの面白さは、より深くなるのです。


岡野 守 プロフィール

バス・バリトン。イタリア・モデナ在住。
早瀬一洋、Arrigo Pola、Carmela Stara、Luciano Berengo、Giuliana Panza に師事。

ペルゴレージ作曲『奥様女中』(Uberto)、モーツァルト作曲『ドン・ジョヴァンニ』(Leporello)、『コシ・ファン・トゥッテ』(Don Alfonso)、ロッシーニ作曲『セヴィリアの理髪師』(Don Bartolo)、ドニゼッティ作曲『愛の妙薬』(Dulcamara)、ヴェルディ作曲『運命の力』(Fra Melitone)、ビゼー作曲『カルメン』(Dancairo)、プッチーニ作曲『トスカ』(Il Sagrestano)、『ジャンニ・スキッキ』(Gianni Schicchi)、『トゥーランドット』(Ping)等を歌っている。藤原歌劇団団員。

オペラを中心に声楽家として活動していたが、師匠たちから「お前は、私の知らないことばかり知っている!」「Musicologo(音楽学研究家)もやれ!」と言われ、良い気になって、雑学的音楽コラムを書き始める。

 

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