コラム

「『コシ・ファン・トゥッテ』…作者はみんなこうしたもの」特別寄稿

皆様あけましておめでとうございます。
今回はモデナご在住でご活躍のバリトン歌手、岡野守さんのコシファントゥッテに関する興味深いお話を寄せていただきました。
どうぞお楽しみください。

オペラバフ 店主

ご挨拶

この度、ご縁があってコラムを書かせていただく事になりました、岡野と申します。どうぞよろしくお願い致します。
さて、音楽であれ、詩であれ、舞台であれ、ものを創り出そうとする人たちは、観てくれる人達に、聞いてくれる人達に、楽しんでいただけることが喜びな訳です。作者たちは、作品をより美しくより豊かになる様心を砕きます。そうして生み出された作品には色々な情報が隠されており、さまざまな伏線が張り巡らされております。勿論音楽は美しいですし、それに酔うことは実に楽しいものです。しかしいろんな視点からオペラ(作品)を眺めると、それはまた違った表情を見せてくれます。
今までも、音楽面から、また演出面から、色々な作品解説がありました。しかし、このコラムでは、もっと気軽な“四方山話”のようなお話をしていきたいと思っています。決して「この音楽は、こう解釈すべきだ!」とか「この語句は、このように訳されなくてはならない!」とか、学術的に決めつけるつもりはありません。皆さまに「ほぅ、こんな見方もできるのか?!」と思っていただければ、またそこから、新しい楽しみ方を見つけていただければ、私にとって大きな喜びです。

岡野 守


みなさま、初めまして。この度、コラムを担当させて頂くことになりました岡野と申します。
どうぞよろしくお願い致します。
さて、オペラは総合芸術と申します。
純粋音楽とは異なり、言葉がありストーリーがあります。また歴史的背景や民族的背景があり、それに合わせて衣装が作られ、舞台装置が置かれ、照明が考えられます。当然ですが、オペラをつくる側もまた鑑賞する側も、色々とそれぞれが異なった角度から作品を見る事ができます。
このコラムでは「さまざまな視点からオペラを見てみよう!」を合言葉に、普段とは違った楽しみ方を探っていきたいと思っております。

さて、今回のお題はモーツァルト作曲のオペラ『コシ・ファン・トゥッテ』です。詩人で台本作家のロレンツォ・ダ・ポンテとの三部作と言われる『フィガロの結婚』『ドン・ジョヴァンニ』のラストを飾る作品ですね。まず楽譜を開くと、そこには表題とともにパーソナリティ(役名)が書かれています。

Fiordiligi Soprano
    e
Dorabella Mezzosoprano
dame ferrraresi e sorelle abitanti in Napoli
フィオルディリージ ソプラノ
    と
ドラベッラ メゾソプラノ
フェッラーラ出身の貴婦人で姉妹、ナポリの住人

とあります。ここで最初の疑問です。

なぜ、この姉妹を「フェッラーラの出身」としたのだろう?です。

フェッラーラというと、私の頭に浮かぶのは「エステ家」です。更にそこの女性というと、イザベッラ・デステ(Isabella d’Este)やルクレツィア・ボルジャ(Lucrezia Borgia)が真っ先に思い浮かびます。
イザベッラ・デステはフェッラーラ出身でマントヴァ侯フランチェスコ2世に嫁いだ女性で、大層聡明だったとされ、芸術・文芸の庇護者としても有名です。華奢で美しかったそうです。
ルクレツィア・ボルジャはローマ近郊の生まれ(ローマ教皇アレッサンドロ6世-ロドリゴ・ボルジャ-の公然の私生児)ですが、エステ家のフェッラーラ公アルフォンソ1世の妻になります。
ファム・ファタールであり、美しく恋多き女とされていますね。

実はこのお二人、義理の姉妹であります。イザベッラ・デステの弟がエステ家のアルフォンソ1世で、ルクレツィア・ボルジャの夫です。そしてマントヴァ侯フランチェスコ2世は、ルクレツィア・ボルジャと関係を持ってしまったそうです。フィオルディリージの恋人グリエルモがドラベッラと…、もしくはドラベッラの恋人フェッランドがフィオルディリージと…の理由を観客に納得させる下敷きにはピッタリ!です(笑)。

しかし、勿論それだけでは決定打とはなりにくいと考え、イタリアでいろいろな先生に聞いて回りました。そこで大変、面白い意見を聞きました。ミラノ・スカラ座の某先生が、「ダ・ポンテ、モーツァルトが姉妹をフェッラーラ出身とした理由は、ハッキリしない。しかしイタリアでは『フェッラーラの女はイタリアで一番フェミニンだ』と言うんじゃよ」と仰いました。

なるほど!貞淑でたおやかな姉妹を持ってくるより説得力がありますね。

そしてロレンツォ・ダ・ポンテの残した「回想録」に収録されている解説の中に、面白い資料がありました!

La passione incontrolllata che Da Ponte nutriva per la cantante Adriana Gabrielli del Bene, detta la Ferrarese ( per la quale compose il libretto de L’Ape musicale, <pasticio> di arie celebri rappresentato nell’89, e ripreso nel nostro secolo soltanto nel 1988, e la parte di Fiordiligi in Cosi’ fan tutte ), lo spinse sostenerla e ad imporla con tutti mezzi, finendo al centro di intrighi di ogni genere che lo compromisero agli occhi dell’imperatore, contro il quale giunse ad indirizare uno scritto offensivo ( anche Casanova, in una lettera al conte Ottaviano Collalto, accenna alla continua presenza di Da Ponte accanto alla donna e dice di credere che fosse < afflittissimo di non poter ei medesimo mostrarsi sulla scena >).
出典 Memorie I libretti mozartiani – Da Ponte -  Giuseppe Armani 著 / Garzanti 社

『ダ・ポンテが、フェッラレーゼと呼ばれた歌手アドリアーナ・ガブリエーレ・デル・ベーネのために育んだ制御できない情熱は、彼を“彼女を支えるためには何でもする”男にし、しまいには彼をあらゆる陰謀の中心にして、皇帝から危険視されるまでに至り…』
~中略~
『カサノヴァはオッタヴィアーノ・コッラート伯爵への手紙の中で、《ダ・ポンテは常に彼女の側に居り、「(彼女が舞台に出て行く時は)彼自身が舞台に出られない(一緒に居られない)ことに悲嘆に暮れていた」と信じる》と書いている。』

《フェッラレーゼと呼ばれた歌手アドリアーナ・ガブリエーレ・デル・ベーネ》とは、『コシ・ファン・トゥッテ』の初演にてフィオルディリージを歌った歌手です。ダ・ポンテは、超絶にモテた男で、まさしくドン・ジョヴァンニのような男でしたが、そのダ・ポンテがフェッラレーゼに狂った訳です。そのためにあらゆる陰謀に巻き込まれ敵対する文章を書かれ、それでも彼女のために尽くしたわけです。しかし『コシ・ファン・トゥッテ』の後皇帝が亡くなり、ダ・ポンテはウィーンを離れざるを得なくなり、その後は辛酸を舐める人生を送ることになるわけですが、彼女への愛は実る事なく終わります。
『コシ・ファン・トゥッテ』は、他の作品に比べて、とても資料が少ないのですが、こんな事があったなら、そりゃ記録に残したくは無いよなぁ…と私は思うわけです(笑)。

結局、なぜ、この姉妹を「フェッラーラの出身」としたのか?は謎なのですが、色々、想像を掻き立てられる背景があるようで、そんな事を考えながら鑑賞するのも一興かと思います。


岡野 守 プロフィール

バス・バリトン。イタリア・モデナ在住。
早瀬一洋、Arrigo Pola、Carmela Stara、Luciano Berengo、Giuliana Panza に師事。

ペルゴレージ作曲『奥様女中』(Uberto)、モーツァルト作曲『ドン・ジョヴァンニ』(Leporello)、『コシ・ファン・トゥッテ』(Don Alfonso)、ロッシーニ作曲『セヴィリアの理髪師』(Don Bartolo)、ドニゼッティ作曲『愛の妙薬』(Dulcamara)、ヴェルディ作曲『運命の力』(Fra Melitone)、ビゼー作曲『カルメン』(Dancairo)、プッチーニ作曲『トスカ』(Il Sagrestano)、『ジャンニ・スキッキ』(Gianni Schicchi)、『トゥーランドット』(Ping)等を歌っている。藤原歌劇団団員。

オペラを中心に声楽家として活動していたが、師匠たちから「お前は、私の知らないことばかり知っている!」「Musicologo(音楽学研究家)もやれ!」と言われ、良い気になって、雑学的音楽コラムを書き始める。

 

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