コラム

オペラ上演形態についての雑感

この夏は旅行もせず東京に居り、何気にオペラを観によく外出していました。
どうしても聴かなければいけない歌手が出演していたり、義理で顔を出さないといけないものがあったりで是非行きたいと思うものは正直申し上げてありませんでしたが元来のオペラ好きなものですから案外楽しめました。

観た舞台を列挙いたしますとこうなります。

7月25日 新国オペラストゥディオ ジャンニ スキッキ(新国中劇場)
8月8日  クオーレ・ド・オペラ 椿姫(三越劇場)
8月11日 スクアドラ 外套 カヴァレリア・ルスティカーナ(狛江エコルマホール)
8月13日 東京オペラプロデュース コシ・ファン・トゥッテ(豊洲シビックセンター)
8月16日 オペラ東京 カルメン(文京シビックホール)

それぞれ長短ありさまざまな感想がありますがとりあえず関係者各位には敬意を払いお疲れさまと言っておきます。

この小文では個々の演奏の優劣、質については触れないこととします。
今回はその演奏形態につきまして考察することにいたします。

周知の如くオペラ上演には湯水のように金が掛かります。天井無しと申し上げても過言ではありません。その前提で制作はいろいろ考えやりくりして上演する訳です。
予算の都合上フルオペラはとても無理という判断が下され上演形態を変えるという選択となります。不完全な形でオペラを上演する訳ですからそれはオペラのようなものになります。
一番予算のかかるオーケストラを削るケースが常套です。例えばピアノにしたりピアノと弦楽合奏にしたりエレクトーンにしたりします。要は代用品です。
またオーケストラをアマチュアで構成することもあります。

さて今夏私が拝見させていただいた中で曲がりなりにもオケがあったのは2公演のみでした。
各公演の伴奏形態を挙げますと新国オペラストゥディオのジャンニ スキッキがピアノ2台とパーカッション、クオーレ・ド・オペラの椿姫がヴァイオリンとチェロ1本ずつとキーボード、スクアドラの外套 カヴァレリア・ルスティカーナがアマチュアオケ、東京オペラプロデュースのコシ・ファン・トゥッテがピアノ、ヴァイオリン4本、ヴィオラ1本、チェロ1本、コントラバス1本 オペラ東京のカルメンがアマチュアオケでした。

このようにまちまちでこのうち2つはオケを揃えておりましたがフル編成ではなくて一つとして完全なものはありませんでした。
またピットを使用していたのは新国オペラストゥディオとオペラ東京の2つでした。
これは会場の制約でやむを得ない事情もあるのでしょう。
配置はどうしていたかと申しますと上手に指揮者、楽器を集める(三越劇場)
セミステージ形式としてオケを舞台に挙げてオケの前で歌手たちが演じる(狛江エコルマホール、豊洲シビックセンターホール)ものがありました。
苦心惨憺しているのがよく分かります。

日本の公共のホールはオペラ用に作られてはいないところのほうが多いのでちゃんとしたピットがある所は稀です。但しほとんどのホールは可変ですので舞台前を沈めて深さは不充分でもピットらしきものを作ることは可能です。

この中で問題となるのはセミステージ形式です。これですとオケは舞台上にあり歌手たちはオケの前で歌うことになりますが指揮者は歌手に背を向けていることになります。指揮者は正対していませんからこれですとほとんどコンタクトはとれません。アンサンブルを合わせることはまず無理でしょう。
これはオペラ上演ではやってはいけないことだと思います。極端に言えば指揮者の仕事はただ始まりと終わりの合図をするのみとなります。
余りにも指揮者を軽視しているとしか思えません。

またピアノと半端な数の弦楽器でやると聴いているほうは欲求不満になります。
これでしたらいっそのことピアノのみでやったほうがいいかもしれません。
またどんなに巧く編曲しようがあくまでもそれは代用品に過ぎません。
そこまでして上演する意味があるのでしょうか?

ここまで言ってしまっては元も子もないのですが情報過多の現代においては本物を見せないことにはけして聴衆は満足しませんし育たないと思います。
何とか若い人たちにオペラを歌える場所を提供したいということは理解できます。そうであれば尚更上演環境を調えて歌わせるべきです。

今回、新国立劇場のオペラストゥディオの公演にも行きました。
会場は日本が誇るオペラ劇場、新国立劇場の中劇場で立派なピットがあります。
しかしピットの中はピアノ2台とパーカッションのみでした。
何故オーケストラでやらせないのでしょう?

新国の研修所と言えばオペラを志すエリートたちが集まる所という認識があります。日本のオペラ界の金の卵たちの公演です。
何故ちゃんとした環境でやらせないのでしょう?甚だ理解に苦しみます。

これは私の制作上の経験からいうのですがオケと合わせの際に慣れていない歌手はうまく合わせられないのです。
本当のプロを育てたいのなら早いうちから習熟させる必要があるのです。
オペラを上演することは大変なことです。
制作も演じる歌手達もそれなりの覚悟が必要です。
この上演は聴衆にどう観えるか、どう聴こえるかを常に意識する必要があるでしょう。半端なものを見せられて喜ぶ人はいません。
完全は無理としても本来の上演形態に近づける努力は怠ってはなりません。

この夏はオペラを観てそう感じました。

 

 

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