欧米人の必須の教養の一つとしてギリシャ神話があります。
星座とか天文に興味を持っている小学生で驚くほど詳しい少年、少女に出くわすことはありますが、正直申し上げて我々日本人にとりましてはちょっと馴染みの薄い分野です。
ただヨーロッパの美術館に行けば聖書とギリシャ神話のテーマの絵画や彫刻に埋め尽くされていますし音楽の分野も例外ではなくオペラも古くからギリシャ神話をテーマにしたものが沢山作られました。
オペラ好きには避けては通れないということであります。
ナクソス島のアリアドネもギリシャ神話からのお話です。
この話はギリシャ神話の中でもポピュラーなお話のようです。
アリアドネはクレタ王ミノスの娘、王女様です。
地下の迷宮に住む牛頭人身のミノタウロス退治にアテナイよりクレタに来たテセウスと恋に落ち地下の迷宮から抜け出せるように赤い糸をテセウスに与えます。
見事怪物を退治して戻ったテセウスとアリアドネは駆け落ちして船でアテナイに向かいますが途中立ち寄ったナクソス島にアリアドネは置き去りにされてしまいます。
絶望したアリアドネは死を願いますがそこにバッカスが現れ結ばれるという話です。
バッカスも魔女チェルカのもとから逃げてきたばかりでした。
チェルカは薬草学に詳しい魔女で男を豚にしてしまうのだそうです。
R・シュトラウスとホーフマンスタールは当時の一流の教養人でありました。当然ギリシャ神話の世界に通暁していました。
R・シュトラウスはエレクトラ、ダフネ、ダナエの愛などギリシャ神話を題材にしたオペラを他にも書いています。ただこの中でエレクトラ以外はメジャーになりませんでした。
今一つ我々に馴染みがないのはギリシャ神話が我々日本人には遠い物語だからかもしれません。それと物語が錯綜していて複雑で名前も覚えられないということがあります。
それはさておきナクソス島のアリアドネのオペラ部分は3人のニンフたちの合唱に続きアリアドネが嘆き悲しむ悲痛なアリアから始まります。
ナクソス島はエーゲ海に浮かぶ島で現在はリゾート地です。
ヴァカンスのいで立ちでハレルキン以下の道化たちが出てくる演出もあります。
ただ神話時代は何もない荒涼とした島だったのでしょう。
そこで王女様は昼も夜も嘆き泣いているわけです。
アリアドネさんとしては一大決心で美青年のテセウスを救いそして駆け落ちします。
違った世界を観たい、閉塞状況を打破したい。王女様にしては大胆で積極的であります。
でもそこは深窓育ちのお嬢さんですから我儘で気に入らないとすぐ落ち込んだり泣き叫んだりしたのでしょう。
思うにテセウスは命の恩人には違いありませんがこの王女様を次第に持て余すようになったのではないでしょうか。どこに行くのにもついてきてちょっと姿を見せないと大騒ぎ。
ふさぎこむと一日中口も開かない。
まあ大変な娘と逃げちゃったと思い悩んだのかもしれません。
こんなはずじゃなかった…
遂に我慢も限界の達し一人船に乗り逃げちゃいます。
思えば酷い話ですがテセウスの気持ちも男としてはわからないではありません。
アリアドネさんは一途で思いつめたら他のことが見えなくなっちゃう人だったのでしょう。バッカスが現れてもテセウスと思っちゃうんですから。
アリアドネの歌手は一直線に思いつめる女の情念を出さないといけません。
ルチアなどのベルカントオペラにはお決まりのように狂乱の場がありますがこれも形を変えた狂乱です。いわば静かな狂乱です。
一途に男を想う心と死を願う心が混在しそして諦観の静かな心に移行する部分が聴かせどころでしょうか。
後半でバッカスが登場して結局は結ばれますが結ばれるまでにも結構アリアドネさんの中で本当に大丈夫かしら?という葛藤があります。ここも聴かせどころです。
余談ですが男と女では女のほうがはるかにメンタル的に強いと経験上感じております。
物事を決めるまでは悩み抜きますが一度決めたらもうブレません。
とことんやり抜くのが女です。
男は優柔不断で決めてしまってからうじうじ悩みます。
テセウスも多分逃げてから悩んだに違いありません。
それから失恋したり大切な人を亡くしたりすると誰でも落ち込みますが立ち直りが早いのも女の方です。
その意味ではアリアドネさんも女ですから立ち直りは早いのでしょう。
「ほら、私の言った通りじゃない」
ツエルビネッタは言いました。
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