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オペラバフのドン・ジョヴァンニは #5

オペラバフのドン・ジョヴァンニで4月11日のタイトルロールを歌う岡野守さんが寄稿してくれました。
演者としてリブレットを深く読み込む技術は彼ならではです。
どうぞお楽しみください。
オペラバフ  制作


書かない作家?!ロレンツォ・ダ・ポンテ…No.5

前回に続きドンナ・エルヴィーラについて、お話しします。彼女はかなり若かったのではないか?という疑問を書きましたが、それは周りの人物から投げかけられた言葉だけではなく、彼女の言動から想像させられる部分もあります。まず、彼女は人に話しかけるとき、ほとんど “tu” を用います。これは二人称単数の「お前、君」の意味で、敬称の場合は “voi、現在なら “lei” を使います。
第1幕第5場で彼女がドン・ジョヴァンニに会ったときも、

Don Giovanni!
ドン・ジョヴァンニ!
Sei qui, mostro, fellon, nido d’inganni!
あんた、ここに居たのね、怪物、裏切り者、虚言の巣窟!

と “sei”(イタリア語のbe動詞に当たる”essere”のtu に対応する変化形)を使っています。これは彼女がドン・ジョヴァンニと夫婦だと認識しているから親称を使う、とすれば理解できます。しかし!次のシーンで親称を使うのは違和感を覚えます、それが第1幕第12場です。ドン・ジョヴァンニと話しているドンナ・アンナ(とドン・オッターヴィオ)に彼女が割り込んで話しかけるところです。

(entrando, a Don Giovanni)
(登場しつつ、ドン・ジョヴァンニに)
Ah, ti ritrovo ancor, perfido mostro!
あぁ、またお前を見つけた、不誠実な怪物!
(a Donna Anna)
(ドンナ・アンナに)
Non ti fidar, o misera,
あんた信用しちゃダメ、おぉ不幸な人、
Di quel ribaldo cor.
あの悪党の心を。
Me già tradì, quel barbaro:
既に私を裏切ったのよ、あの残忍な者は:
Te vuol tradir ancor.
あんたのこともまた裏切るつもりよ。

二人称の親称をわざと「あんた」と訳しましたが、要は初めて会った貴族の女性(ドンナ・アンナ)に対し、”tu”(お前、君)で話しかけているのです。これは貴族のマナーとして、どうなの?と感じます。通常は”voi”(貴女様、貴方様)を使うでしょう。こんな話し方では「どこのイモ娘だ?」「お里が知れる」であって「こりゃ、デビュタント(社交界デビュー)していないな!」と思ってしまいます。日本だって、敬語の使えない人間では社会に…少なくとも、それなりの立場の方々がいらっしゃる社会には…出ていけません。

この頃の貴族社会に生きた経験があるわけではないので、「そういう言い方もあったんだよ」と言われればそれまでです(苦笑)。しかし現代の感覚でいえば、これが許される場合はあります。それは発言者が幼い子供の場合です。幼稚園に通う子など、まだ小さい子の場合、二人称は全て “tu” で話します。相手が年上であろうと、社会的に重要な人物であろうと、”tu” で話しかけても許されます。物心がつき、教育を受けるようになると、敬語を使うようになり、接続法や条件法を織り交ぜながら話せるようになります。

そして貴族なら、知らない人から ”tu” で話しかけられれば、心証を悪くしそうなところですが、ドンナ・アンナ、ドン・オッターヴィオは彼女について、

Cieli, che aspetto nobile!
おぉ、なんと気品のある顔つき!
Che dolce maestà!
なんと快い威厳!
Il suo dolor, le lagrime,
彼女の痛み、涙は、
M’empiono di pietà.
私を憐れみの気持ちでいっぱいにする。

との感想を述べています。ここも「なんで?」と感じるところなのですが、これもドンナ・エルヴィーラが幼く見えたなら、理解できます。そして、貴族の家に生まれ、常に自分より年上の侍女たちにかしずかれて生きてきたなら、気品がありつつも(年上の?)相手に “tu” を使ってしまうのも…まぁ分かるか…と。

そんなわけで、ドンナ・エルヴィーラが幼く見えてしまうわけです。そして常にドン・ジョヴァンニにも “tu” で話すドンナ・エルヴィーラが唯一、”voi” で話しかけるシーンがあります。それが第2幕第3場です。ドン・ジョヴァンニに、またも誘惑され絆されて、部屋から出てきたドンナ・エルヴィーラが、変装したレポレッロをドン・ジョヴァンニと思い込んで話すシーンです。

Donna Elvira
ドンナ・エルヴィーラ
Eccomi a voi.
貴方様の前に(来ました)。

まず、登場から “voi” です。続いて(ドン・ジョヴァンニたちのセリフは飛ばして…)

Donna Elvira
ドンナ・エルヴィーラ
(a Leporello, scambiando per Don Giovanni)
(レポレッロに、ドン・ジョヴァンニと思って)
Dunque, creder potrò che i pianti miei
では、信じて良いのですね、私の嘆きが
Abbian vinto quel cor? Dunque, pentito
あの心に勝ったと?では、後悔したのですね
L’amato Don GIovanni al suo dovere
愛するドン・ジョヴァンニは義務と
E all’amor ritorna?…
愛に戻ると?
Leporello
レポレッロ
(alternando la voce)
(声を変えて)
Sì, carina!
そうだ、可愛い人!
Donna Elvira
ドンナ・エルヴィーラ
Crudele! Se sapeste
ひどい方!もし知ってくださったら
Quante lagrime e quanti
どれだけの涙、どれだけの
Sospiri voi mi costate!…
ため息を私に強いたのか!…
Leporello
レポレッロ
Io, vita mia?
私が、我が命の人?
Donna Elvira
ドンナ・エルヴィーラ
Voi.
貴方様がです。

二人称の親称を「お前、あんた」、また敬称を「貴方様」と大袈裟に訳しましたが、でも親称と敬称が、このように入れ替わっているのです。この後も会話は続きますが、ドンナ・エルヴィーラはドン・ジョヴァンニに “voi” と話しかけます(レポレッロと逃げ回っている時には、”tu” に戻ってしまいます)。

どう思われます?作者は相当、意図的に変えているとは思われませんか?イタリア語では(日本語でもそうですが)親称・敬称を使い分けることで、いろいろな表現ができます。その辺りを考えながら、次回は言葉裁きの可能性を考えながら、他の登場人物たちもみてみましょう。


岡野 守 プロフィール

バス・バリトン。イタリア・モデナ在住。
早瀬一洋、Arrigo Pola、Carmela Stara、Luciano Berengo、Giuliana Panza に師事。

ペルゴレージ作曲『奥様女中』(Uberto)、モーツァルト作曲『ドン・ジョヴァンニ』(Leporello)、『コシ・ファン・トゥッテ』(Don Alfonso)、ロッシーニ作曲『セヴィリアの理髪師』(Don Bartolo)、ドニゼッティ作曲『愛の妙薬』(Dulcamara)、ヴェルディ作曲『運命の力』(Fra Melitone)、ビゼー作曲『カルメン』(Dancairo)、プッチーニ作曲『トスカ』(Il Sagrestano)、『ジャンニ・スキッキ』(Gianni Schicchi)、『トゥーランドット』(Ping)等を歌っている。藤原歌劇団団員。

オペラを中心に声楽家として活動していたが、師匠たちから「お前は、私の知らないことばかり知っている!」「Musicologo(音楽学研究家)もやれ!」と言われ、良い気になって、雑学的音楽コラムを書き始める。

 

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