太陽が没することがない帝国と謳われたのは近世ではイギリスでしたが16世紀ではスペインでした。
スペイン艦隊はレヴァント海でオスマントルコ海軍を破り地中海の覇権を確立すると世界の海を縦横無尽に駆け巡り世界中の富を収奪しイベリア半島に集中させました。
その全盛時のスぺイン王がフェリペ二世であります。オペラ好きにとりましてはヴェルディのグランドオペラの傑作、ドン カルロに登場するお馴染みのキャラクターです。
オペラの中では頑固で冷たくそして孤独な老人として描かれていますが史実ではフランス王女イザベルと結婚した時は33歳の男盛りで老け込む年齢ではありませんでした。
肖像画は宮廷画家のティツィアーノが描いたものが残っていますが細面で目が鋭くなかなかの美男です。
着るもののセンスも良くてセックスアピールの強い人物だったようです。
シラーの戯曲とヴェルディのオペラは名作ですからこれらの作品の描写によりフィリペ二世は印象度でかなり損をしております。
歴史学者でもありましたシラーは史実の断片から大胆な仮説を試み魅力的な戯曲を創作しました。その史実の断片をまとめますと以下のようになります。
・1560年にフィリペ二世とエリザベッタのモデルであるフランス王女、イザベル ディ ヴァロアと結婚。
・フェリペ二世には前妻との間に太子のカルロがいて幼い時期にイザベル ディ ヴァロアと婚約していた時期があった。
・カルロが父親に反抗してネーデルランドに行こうとして捕らえられ幽閉された。
・1568年にカルロとイザベルが3カ月の違いで亡くなっている。
これだけです。シラーの創作力には驚きを禁じえません。
芝居ではもちろんカルロは憂愁の貴公子、エリザベッタは健気に王妃になろうとする美少女、フィリペは厳格で恐ろしい老王と役どころは決まっていますが現実はフィリペは30代の男盛り、カルロは近親婚の故か体型が奇形で幼稚な言動や奇矯な行動の目立つ宮廷の持て余し者だったようです。
イザベルは肖像画を見る限りフランス王家の気品あるお嬢さんという感じがいたします。
多分フィリペは大切な妹のようにこの若い花嫁を慈しんだのではないでしょうか。
フランスで愛情をもって育てられたようで性格が優しくてフランス風に洗練されていたのでスペイン宮廷でも人気があったようです。
孤独でひねくれていたカルロもこの若い義母を慕っていたという話もあります。
万事に贅沢で浪費癖がありましたがフィリペは好きにさせていたようです。ただ哀れにも御産が元で22歳という若さで亡くなります。
史実を確かめ改めてシラーの戯曲を読みますとシラーが悪戯っぽい笑いを浮かべて「さあどう思うね?誰も見たわけではないから分からないがね」と耳元で囁いている気がします。
さて王妃や王子が亡くなっても王であるフィリペは生き続けなくてはなりません。世俗の悩みは連綿と続くのです。王には子供を作りその中から次代を継承するものを選ぶという重大な国事があります。
当時のスペインは大国でしたからこれは重要且つ深刻な問題でした。
フェリペは71年の生涯で4回結婚しています。
当時のヨーロッパの王族の結婚は外交上重要な意味を持ちすべて政略結婚でした。
まとめますと①1543年 16歳 ポルトガル王女 マリア ②1524年 27歳 イングランド女王 メアリー ③1560年 33歳 フランス王女 イザベル ④1570年 43歳 オーストリア王女 アナ となります。
すべての人がフェリペより先に亡くなっています。イングランド女王 メアリーの他は三人ともお産が原因で若くして亡くなっています。当時は女性にとりまして産褥は命がけでありました。王族の子女たちは継承者を生むことがいかに重要なことか幼少から叩き込まれていたでしょうから悲壮な決意で輿入れしたのでしょう。
イングランドのメアリーが死病で腹が膨れていたのを妊娠と誤認していたのは哀れな話です。ポルトガル王女 マリアはフィリペの母方の従妹に当たります。陽気な明るい人だったと伝えられておりますがこの人がドン カルロの母親です。
イングランドのメアリーは結婚当時、女王でフェリペよりも10歳も年上でした。父カルロス五世の命令でフェリペはイングランドに渡りました。
メアリーは母親がスペイン王家の出でしたのでカトリックでしたからヘンリー八世以来のプロテスタントの流れを断ち切る狙いがありました。あわよくばイングランドをスペインの支配下に入れる目的もあったでしょう。
しかしメアリーの死後王位を継いだエリザベスはプロテスタントを標榜してこの計画はあえなく潰えます。
フランスのイザベルはオペラでお馴染みのエリザベッタです。有名なカトリーヌ ド メディシスの娘です。前述の通りこの人も御産が元で亡くなりますが二人のかけがえのない王女をフェリペに遺します。
そして最後の后がオーストリアのアナです。この人は妹の娘、姪に当たります。
この人は結構しっかりしていて良妻賢母でイザベラの遺児の二人の王女もよくなつきまたまたドン カルロ以来の王子をスペインにもたらす殊勲を挙げました。
四人の王子の内三人は夭折しますが一人は後のフェリペ三世となります。
40歳も半ばでフェリペはやっと家庭的安らぎを得たと言うべきでしょう。
晩年、エル エスコリアルの王の居室で一人沈思黙考するフェリペの胸に去来したものは何だったのでしょうか?
狩りの振りをしてポルトガルから来たマリアの花嫁行列を観に行った日、ロンドンの位宮殿の一室で老婆のようなメアリー女王と相対した日、フランスから来たイザベルに見つめられて戸惑いを隠せなかった日、太子カルロを幽閉せざるを得なかった苦汁の決断の時、父王カール一世に絶対服従の日々、優しく美しかった母親。
「みんな逝ってしまった」
想いは尽きず万感迫るものがあったのではないでしょうか。
オペラのドン カルロではヴェルディは有名なアリアをフィリペ二世に与えています。
「ひとり寂しく眠ろう」であります。
この曲は晩年のフィリペの心情そのままのような気がいたします。
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