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懐かしい東ドイツの歌手たち

早いもので東ドイツ民主共和国という国が消滅してから既に30年以上経つのですね。

さて今から46年くらい前、私が高校2年生の時にベルリン国立歌劇場、リンデンオーパーの引っ越し公演がありました。もちろん初来日でした。
プログラムはオールモーツァルト、ダ・ポンテ三部作でその当時S席が1万5千円でした。
ちょうど正月休みでしたのでお年玉を総動員して当日売りのチケットを買ってドン ジョバンニを観ました。

会場はNHKホールでした。チケットを買ってしまうと所持金がほとんど無くなってしまい渋谷の公園通りにあったトップと言うコーヒー屋でトーストとコーヒーで夕食を済ませたのを覚えています。懐かしい青春の思い出です。

指揮はオトマール スイトナーでした。ご年配の方には懐かしい名前でしょう。
キャストがタイトルロールはテオ・アダム、レポレッロはジークフリート・フォーゲル、ドン・オッタ―ヴィオはペーター・シュライヤー、ドンナ・アンナはアンネ・トモワ・シントウ、ドンナ・エルヴィーラはチェレスティーネ・カサピエトラ、騎士長は日本人の斎求、ツェルリーナはレナーテ・ホフでした。
我ながらよく憶えています。ただマゼットが誰であったのかどうしても思い出せません。
これは私が初めて観た外来のオペラ公演でした。もう聴くことがない東ドイツの国歌の演奏がありました。

下手側のかなり舞台に近い席でした。セット、衣裳、歌手たちの顔がよく見えました。
大枚3万円でチケットを買ったのですからさぞやゴージャスで夢のような舞台だろうと思っていたのですがセットが簡素で期待は大きく裏切られました。
ドン・ジョヴァンニの衣裳は白だったのですがまるでウルトラマンのようだと感じたのを憶えています。要するにあか抜けないんですね。お金もそうかけていないようでした。

その代わり歌手たちの声は素晴らしく特にレポレッロを歌ったフォーゲルという大男は強く印象に残りました。後に単身で来日した時にリサイタルに行きました。
アンコールでシューベルトの冬の旅の中から春の夢を歌いましたがこれが素晴らしくていつか全曲を聴きたいものだと思いました。

●シューベルト 冬の旅 ジークフリート フォーゲル(バス) ルドルフ ドゥンケル(ピアノ) 中古CD 1200円

 

その次に来日した時に待望の冬の旅を歌う予定でしたが残念なことに病気でキャンセルになりました。
フォーゲルは度々来日して魔笛のザラストロを歌ったり、東京がシェーンベルクのモーゼとアロンを上演した時も客演でモーゼを歌いました。ご記憶の方も多くいらっしゃるのではないでしょうか。

●ジークフリート フォーゲルとオペラの一夜を 中古CD 1300円

 

他に思いつくだけでも東ドイツにはバリトンのライプ、バスのポルスター、テノールのビュヒナー、メゾのブルマイスターなど優秀な歌手が大勢いました。

●シューベルト 冬の旅 エーベルハルト ビュヒナー(テノール)ノーマン シェトラー(ピアノ)中古CD 1200円

 


●ブラームス アルト ラプソディー 歌曲集 アンネリーゼ ブルマイスター(アルト)ハインツ ボルガルツ指揮 ライプティヒ放送響、合唱団・ヘルムート
プフェウッファー(ピアノ)

 

共産圏は東ドイツもソ連と同じで外貨を稼ぐために盛んに歌手たちを輸出したようです。
トモワ・シントウ、アダム、シュライヤー、ブルマイスター、フォーゲルなどはちょくちょく西側に出演していたようです。

●アンナ トモワ シントウ オペラアリア集 中古CD 1470円
もちろん優秀な人はバイロイトにも招聘されています。

 

また録音で意外なものに参加しているものを発見することがあります。
トモワ シントウ、シュライヤー、アダムはメジャーになりましたので省くといたしまして、例を挙げますとライプはカルロス・クライバーのデビュー盤、魔弾の射手のキリアンでブルマイスターはクレンペラーのフィガロの結婚にマルチェリーナでフォーゲルはベームの振ったイドメネオにネプチューンの声でそれぞれ参加しています。

●モーツァルト イドメネオ オックマン、シュライヤー、マティス、ヴァラディ他 カール ベーム指揮 シュターツカペレ・ドレスデン ライプツィヒ放送合唱団 中古CD 2200円

 

このように当時の欧米のオペラファンには彼らの名前はお馴染みだったようです。
さてここでご紹介いたしますのはベルリン国立歌劇場が1969年の東ドイツ時代に録音したモーツァルトのコシファントゥッテです。
指揮はスイトナー、キャストはフェランドにシュライヤー、グリエルモにライプ、ドン・アルフォンソにアダム、女声陣はフィオルディリージにカサピエトラ、ドラベッラにブルマイスター、デスピーナにゲスティという布陣です。
当時のリンデンオーパーのトップを集めた国の威信を賭けての録音です。

●モーツァルト コシファントゥッテ 中古CD 2200円

 

スイトナーの音楽作りにサプライズはないのですが確かな職人芸です。モーツァルトは楽譜に書いてあることをそのままやればいいというお手本のような演奏です。

歌手の中ではシュライヤーが抜群の出来です。後年ザルツブルクでもこの役をやりましたがこの時すでに世界レヴェルでした。ただこのコシファントゥッテは6人のソリストのバランスがあってこそのオペラですから図抜けた人や穴になる人がいたら具合が悪いのです。

●モーツァルト 歌曲集 ペーター シュライヤー(テノール)イエルク デムス(ピアノ)中古CD 1200円

 

その意味ではこの演奏はバランスが今一つです。まずグリエルモのライプは何やら分別臭くてまるで定年が近いお父さんのようです。とても直情径行な青年将校に思えません。
ドン・アルフォンソをやればいい味だったのかもしれません。ドラベッラのブルマイスターがクールで虚無感さえ漂うような歌なので2幕の口説きの二重唱はまるで倦怠期の中年夫婦のようです。まあこれはこれで面白いのですが。

フィオルディリージのカサピエトラは自殺した指揮者ケーゲルの夫人でした。東ドイツ以外ではそうメジャーにはなりませんでした。この演奏も可もなく不可もなく平凡です。
デスピーナのゲスティは元気いっぱいで優秀な歌手であることは一声聴けば分かります。
ただ声質が少し暗めなのでフィオルディリージを歌わせていたら面白かったかもしれません。

●モーツァルト コンサートアリア集 シルヴィア ゲスティ 中古CD 1300円

 

もう一人のビッグネーム、ドン・アルフォンソのアダムはどうやらイタリア語が苦手らしく苦戦しています。例えばパレーザがパリーザ、リスポンデーテがリスポンディーテになります。
ヴォータンやザックスのようにはいかないようです。やはり東ドイツの鎖国が影響しているのでしょうか?
あらゆる面で良くも悪くも東ドイツの国情が反映されています。イタリア語のぎこちなさ役作りの不徹底さにそれを感じます。ただ逆に考えれば制約がありながらこれだけの演奏をしたというのは賞賛されるべきでしょう。

この1年前には魔笛をスイトナーの指揮で録音していますがこれは文句なくどなたにも推薦できる見事な演奏です。
ただ私はこのコシファントゥッテのほうが今は無い東ドイツの記念に相応しい演奏と感じています。

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